幾度となく一緒に迎えた蓮の誕生日。
物を贈る、料理を振る舞う、外でご馳走する。国内外問わず旅行にも行った。今年はどう祝おうかとその日が近づいてくると毎年考える。一ヶ月、二ヶ月、もっと前から。蓮が、欲しいものは特にないよと答えることを知っているから余計に。しかも「虎がおめでとうって言ってくれるだけで嬉しいよ」と、目が眩むような微笑み付きだ。そしてその後で「でも僕も虎の誕生日はお祝いしたいから、そう言ってもらえるのは嬉しい」なんてことを言う。

「フルオーダーのスーツ」

「ええ?」

「って高牧さんに勧められた」

「あはは、相談したの?」

「してない。あの人が勝手にどうかなって」

「高牧さんらしいね」

フルオーダーのスーツか、良いかもしれない。
でも蓮の体の隅々まで採寸されることを想像したらなんとなく嫌な気分にはなる。そんな子供染みたことを考えた俺に、蓮は「僕には勿体無いよ」と笑う。服に限らず靴や鞄、腕時計に指輪、財布やキーケース、どれをとってもまるでマーキングだ。過去に贈った経験がある自分としては否定も肯定もしない。ただそれがスーツとなれば全身丸ごと、と言うわけだ。それは悪くないかもしれない、なんて。
「虎と過ごせたらそれだけで充分なんだけどなあ」

「だめ」

「一緒に過ごしてくれないんだ」

「そうじゃない」

ふふ、と甘い吐息を漏らした蓮は、そんなわけないだろうと目で答えた俺に「じゃあやっぱりそれ以上のプレゼントはないね」と屈託なく笑った。星が降るように、花が咲くように。

「楽しみ」

「……」

「ふふ、いくつになっても、虎がお祝いしてくれるってだけで嬉しいし、その日が楽しみなんだよ」

その言葉、そっくりそのまま返してやりたい。
自分の誕生日に関しては特に。“誕生日だから"特別何かを期待するわけではない。ただ、生まれた日を迎えられたことに対してのおめでとうを蓮がくれるのは単純にうれしい。そしてそれ以上に、「生まれてきてくれてありがとう」と迷いなく落とされる言葉はもっと重く、そして泣きたくなるほど胸の奥に響くものがある。そう思うとその二つを聞ける日、と言う認識だけで充分すぎるほど“特別な日"なのかもしれない。それが、蓮にとっても同じであってくれたら、と思う。
数日前に交わしたそんな会話を思い出しながら、仕事終わりの足で花屋に寄った。二日前に花束の注文と支払いはして済ませている。受け取りだけだったが、二日前も今日も、店頭に立っていたのは花屋と呼ぶには少し無愛想な男の店員だった。自分が言える立場ではない上に、少なくとも俺よりは愛想が良いけれど。

「いらっしゃいませ」

「どうも」

「受け取りですね」

「はい」

「注文伝票はお持ちですか」

顔を見てすぐに分かったのだろう。それでも一応予約した際に受け取っていたメモを差し出す。エプロンの胸元に付けられた大橋と書かれた名札が揺れる。それからその背後にあるフラワーキーパーから「こちらになります」と胸に抱えて振り返った。赤茶色の彼の髪とは対照的な、白と淡い赤系の花にたっぷりのグリーンの花束だ。
五月の花なら薔薇がいいと思いますと言われ、蓮が薔薇を抱える姿を想像したもののなんだか違う気がして首を傾げた。赤い薔薇の花束というキザなことをするのが恥ずかしいというわけではない。なんとなく、本当になんとなく蓮には紫陽花や百合が似合うだろうかとか、華やかさが欲しいならひまわりみたいなものだろうかと思ったりして。それでも彼が用意したそれにはしっかり薔薇もいる。丁寧に、どんなものがいいか、何色系がいいか、相手の雰囲気に合うか、俺へ問うてくれた。正直花のことなどなにも知らない自分にはそれがありがたかったし、蓮はどんなものでも喜んでくれるだろうと思いながらも、出来れば俺が蓮にそれが合うと思うものを贈りたかった。
包装紙は中が臙脂、外がアイボリー。
そこに巻くリボンは何色が良いかと、完成された花束を前に最後の質問をされた。

「お祝いなら太めで白やピンク系もいいと思いますけど、そんなに目立たない方がよければブラウンやベージュでもいいと思います。細めでもいいですし、こういった紐でも可愛いと思います」

白と淡く燻んだピンクの薔薇に、白い紫陽花。蓮の清廉さと聡明さ、そして穏やかで周りと照らす温かな明るさを表すような花束だった。
リボンはその花束を邪魔しない、麻紐のようなものを巻いてもらった。

「どうぞ」

「……」

蓮には真っ白のタキシードも袴も似合うだろう。花と光に囲まれた空間で、きっと地球上で一番幸福な顔をする。
そんな景色を連想させる花束だった。
残念ながら俺はそれを実現させることができない。いや、できないことは無いのかもしれない。ただ、この世界が当たり前のように受け入れるものとは違う形になる。それが少し悲しいような、悔しいような、そんな気分だった。
想像したよりも大きな花束を差し出されると花の匂いが鼻腔をついた。

「どこか、直しますか」

「あ、いえ、大丈夫です」

潰さないように、落とさないように。丁寧に。まるで産まれたばかりの子供を抱くように。俺はそれを胸に抱えた。

「ありがとうございます」

柔らかくて重い。質量としては子供よりずっと軽いし温度もない。それでも、今ここに抱えているのはそれと対等の価値と意味を持っている。

「ありがとうございました」

店員は余計な言葉を一つもこぼすことなく丁寧に頭を下げた。それにつられて自分の頭も再び下がった。花の匂いの充満した、心地のいい空間だった。学生時代、花屋という場所のハードルは非常に高く出来合いの花束やアレンジメントを買うのがやっとだった気がする。それが、今ではあれやこれやと注文をしている。それが可笑しく、けれど蓮と過ごしていなければ一生出来ないままだったと断言出来るのがもっと可笑しい。そんな可哀想な自分にならなくてよかったなと。

店を出ると日の入りが遅くなった夕方の街は昼間とほとんど変わらない明るさだった。蓮ももう職場を出る頃だろうか。今夜は外で待ち合わせて食事をしようと言ったのは蓮だ。何が食べたいと問うた俺に「餃子」と真剣に答えるものだから、それは週末に一緒に作るからと言い聞かせ焼肉で折り合いをつけた。高牧さんに言ったら全身全霊で止められるのだろうなと、他人事のように思いながら車に乗り込む。
あの人は「夜景の見えるレストランで一番高いコースとワイン以外考えられない」と言うのだろうし、実際彼の中ではそれ以外の“恋人の誕生日"を祝う定番コースはないように思う。それを否定するわけではないけれど、蓮が食べたいと言ったものでなければ意味がない。高牧さんの言うような場所で高牧さんの言うようなものを食べたいと言うのなら喜んでエスコートする。でも今回は焼肉がいいと言ったからそれを尊重するし、餃子も一緒に作ることにした。
そういう、なんてことない小さなことを積み重ねて過ごしてきた。

やっと訪れた春はその匂いを深緑の色に攫われ、あっという間にやってくる夏に向けて気温が上がってきた。梅雨に備え、気持ち良く晴れた日をなるべく有効的に過ごしながら。今夜は日中もずっと晴れていて暑いくらいだったなと思い出す。この時間ともなればいくらか涼しくはなっているものの、スーツの上着は着ていなくても問題ない。
店の最寄り駅、待ち合わせの時間にはまだ少しだけ早い。







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